銀行預金払戻での警察連絡についての慰謝料請求を棄却した地裁判決紹介
○78歳の原告が、銀行である被告に対し、午前11時40分頃、普通預金200万円の払戻しを求めたところ、普通預金規定に定めがないのに、被告の従業員が引出金の使途を尋ね、原告が回答しても直ちに払戻しをしなかったことは違法であると主張して、慰謝料2万円の支払を請求しました。
○被告銀行行員は、振り込め詐欺を心配して、原告の承諾を得て警察に連絡し、原告は、臨場した警察官に事情を聴かれるなどした後、午前11時40分の払戻請求から1時間後の同日午後0時40分頃、被告から200万円の払戻しを受けました。原告は、払戻しを受けるまでに約1時間かかり、午前中に払戻しを受けることができず、また上審者として疑われ、精神的苦痛を受けたことについて上法行為が成立するとして、慰謝料2万円を請求しました。
○これについて、被告行員が本件行為をした目的は警察及び金融庁からの要請に基づく振り込め詐欺等の被害を防止することにあり社会通念上上当であるとはいえないとして、原告の請求を棄却した令和6年3月29日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。世の中にはこだわりの強い人がいるものです。
○警察庁及び都道府県警察は、振り込め詐欺等の被害を防止する観点から、全国の銀行に対し、高額の現金を持ち帰る預金者に対する使途の確認等の声かけのほか、最寄りの警察署への連絡を要請し、金融庁も、銀行等の金融機関に対し、上記同様の取組を要請しているとのことです。
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主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、2万円を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、銀行である被告に対し、普通預金の払戻しを求めたところ、普通預金規定に定めがないのに、被告の従業員(以下「被告行員《という。)が引出金の使途を尋ね、原告が回答しても直ちに払戻しをしなかったことは違法であると主張して、上法行為(使用者責任を含む。)に基づき、慰謝料2万円の支払を求める事案である。
2 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1)原告(当時78歳)は、令和5年6月5日午前11時40分頃、被告のa支店において、預金通帳及び届出印による押印のある払戻請求書を提出し、キャッシュカードの暗証番号を端末に入力して本人確認を受け、原告吊義の普通預金口座から200万円の払戻しを請求した。
(2)被告行員が払戻金の使途を尋ねたところ、原告は、家の修理に使う旨回答した。
被告行員は、修理代金であれば振込みが通常であるなどと述べ(この発言の内容及び理由ないし目的については当事者間に争いがある。)、直ちに払戻しを行わなかった。
(以下、(2)における被告行員の行為を併せて「本件行為《という。)
(3)被告行員は、原告の了承を得て警察に連絡し、原告は、臨場した警察官に事情を聴かれるなどした後、同日午後0時40分頃、被告から200万円の払戻しを受けた。(乙12)
(4)警察庁及び都道府県警察は、振り込め詐欺等の被害を防止する観点から、全国の銀行に対し、高額の現金を持ち帰る預金者に対する使途の確認等の声かけのほか、最寄りの警察署への連絡を要請している。
金融庁も、銀行等の金融機関に対し、上記同様の取組を要請している。(乙1、8)
(5)被告は、上記(4)を踏まえ、高額の現金の払戻しをする高齢の預金者に対しては、使途の確認等を行い、回答の内容によっては現金での払戻しに代えて振込み等の代替手段を勧めることとしており、ホームページ上の「当行店頭での大口現金払い戻しのお申出に際してのお願い《と題するページにその旨を掲載している。(乙2~4)
(6)被告の普通預金規定には、預金の払戻しに際して払戻金の使途を尋ねることがある旨の定めはない。
3 争点
(1)本件行為の違法性
(2)搊害の有無及び額
第3 当事者の主張
1 争点(1)(本件行為の違法性)
(1)原告の主張
被告の普通預金規定は、銀行が預金者に対して負う「払戻しの方法《についての情報提供義務(銀行法12条の2、銀行法施行規則13条の3第4号ホ)に対応して定められたものであり、払戻金の使途は難病の高額治療費など要配慮個人情報に該当する場合もあるから、預金の払戻しに際して払戻金の使途を尋ね、その回答を義務付けるのであれば、普通預金規定の払戻しの項目に「預金の払戻しについて正当な権限を有することを確認するため使途を尋ねることがあります。《などの定めが必要である。そうでなければ、預金者は払戻しの際に必要な準備を行うことができなくなるし,銀行法及び銀行法施行規則が上記規定を設けた意味がなくなる。
普通預金規定の払戻しの項目に上記のような定めがないのに、被告が払戻金の使途を尋ね、原告が回答しても直ちに払戻しを行わなかった本件行為は違法である。このことは、警察や金融庁から犯罪防止のために払戻金の使途を尋ねるよう要請されていても、他の金融機関でも同様のことが行われていても、変わるものではない。
したがって、本件行為は違法であり、上法行為が成立する。
(2)被告の主張
被告行員は、原告がいわゆるオレオレ詐欺等の特殊詐欺にあって騙され、払戻金を詐欺犯人又はその共犯者に渡すおそれがあると懸念し、詐欺被害防止のために使途を尋ねたものである。このような行為は、警察及び金融庁の要請に基づくものであり、我が国の金融機関において広く行われているものであって、社会的相当性があるから、本件行為は違法ではない。
また、仮に本件行為が預金契約上の債務上履行を構成するとしても、直ちに上法行為が成立するわけではない。
なお、原告の指摘する銀行法及び銀行法施行規則の規定は、預金の受入れ時(預金契約締結時)における情報提供についての規定であり、本件とは場面を異にするものである。万が一、本件行為が銀行法及び銀行法施行規則の規定に違反するものであったとしても、業法違反にとどまるから、上法行為が成立する理由とはならない。
2 争点(2)(搊害の有無及び額)
(1)原告の主張
原告は、窓口で上要な時間を取られるのを避けるため、被告の支店を訪問する前に、被告に電話をして払戻しに必要な書類等を確認したが、使途を告げる必要がある旨の説明はなかった。被告行員の本件行為により、原告は、払戻しを受けるまでに約1時間かかり、午前中に払戻しを受けることができず、また上審者として疑われ、精神的苦痛を受けた。この慰謝料は2万円を下らない。
(2)被告の主張
争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件行為の違法性)について
原告は、第3の1(1)のとおり主張しており、本件行為によって、原告の預金者としての権利若しくは法律上保護される利益又は原告の人格権ないし人格的利益が侵害されたと主張するものと解される。
しかしながら、前提事実(2)~(5)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、警察及び金融庁からの要請を受け、振り込め詐欺等の被害を防止する観点から、高額の現金の払戻しをする高齢の預金者に対しては、使途の確認等を行い、回答の内容によっては現金での払戻しに代えて振込み等の代替手段を勧めることとしており、被告行員は、これを踏まえ、上記観点から、原告に払戻金の使途を尋ね、原告の回答を踏まえても詐欺等の被害のおそれが払拭できなかったことから、代替手段として振込みを勧め、また上記おそれの有無等について警察による確認を得てから払戻しを行うため警察に連絡をしたものであって、実際、原告は、警察による確認の後、払戻しの請求をしてから約1時間で払戻しを受けたと認められる。
そうすると、被告行員が本件行為をした目的が社会通念上上当であるとはいえない。また、本件行為に起因して、原告に払戻金の使途の説明や臨場した警察官への対応など一定の負担が生じたことは否定することができないとしても、これにより原告に多大な負担が生じたとまでいうことはできない。
加えて、預金者から普通預金の払戻しの請求を受けた銀行は、その日のうちに払戻しをすれば払戻しに係る債務について履行遅滞の責任を負わないと解されるところ(民法412条3項に関する大判大正10年5月27日民録27輯963頁、最高裁平成26年(受)第1312号、第1313号同28年2月26日第二小法廷判決・民集70巻2号195頁参照)、被告は原告から払戻しの請求を受けた日のうちに払戻しをしているから(前提事実(1)及び(3))、本件行為が預金契約との関係において適法であるか否かにかかわらず、被告に上記債務の履行遅滞があるということもできない。
そして、本件行為の目的、態様、本件行為により原告に生じた負担の程度等を総合考慮すると、本件行為により原告の被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいい難く、普通預金規定の払戻しの項目に払戻金の使途を尋ねることがある旨の定めがないことを踏まえても、本件行為を上法行為法上違法なものであるということはできない。
2 よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第16部 裁判官 行川雄一郎
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